女の子は、とかく恋愛話がおすきで
先日もお茶をのみにいったとなりの席で、熱い議論がかわされていた
むろん、盗み聞きするつもりは毛頭ないのだけど
どうやってもきこえてくるので
あるがままにまかせ、けっきょく、聞く
要は、よくいろんなところで語られる、
男性は、「 釣るまえの魚に執着する 」 けど
女性は、「 釣られてから(もしくは釣ってから) その釣り人や魚に執着する 」
という、男女の相容れない時間差がテーマのようだった
その、よそ様の立ち上げた議題を心中でうけとり、ひとりかんがえてみる
すべてをひとくくりには語れないものの、たしかにそういう傾向はあるのかもな
なら、なぜそうなのか、と考えれば
一般論としては、「狩る性」 「守る性」 てなことなのだろうが
「 執着 」 というより、「 恋から愛情 」 に変化する境目に注目してみたい
男心は想像しかできないので、置いておくとして
女性(私)の場合、
恋に浮かれた初期のころをすぎ、関係が落ちつき、つきあいが長くなってくると
お相手のことを、異性という目とはまた別に
もっといえば、ときに自分の 「 産んだ子 」 のように見ていることに気づく
まさしく母性だ
女性なら、小さな子をみただけでもその感情は芽吹く可能性をもつが
大のおとなの男性にどうして母性を抱くのだろう
もうすこし深くかんがえてみる
ややアダルトな話になるが、
誰かを好きになって、恋が実って、心もからだも結ばれて
女性はからだのなかに、男性を受け入れる
受け入れつづけると、
じぶんがくるみこんでいる相手の存在は、まさしく胎児とおなじような感覚で
「 守るべきもの 」 「 愛おしむもの 」
に、つながるんではないのかな、と
そのあたりから、だんだん感情が変化してゆくのだろうか、とも思う
受け入れた瞬間から、認識するかはべつとし
無意識とはいえ 「 執着 」 「 情愛 」 いろいろ言い方はあるが、
想いが深くなってゆくのはたしかで
女心のグラフの軌跡に、
説明はつくような気がした、ある7月
*画像お借りしました